こんにちは!猫大好きnoramieです!
今日は、 川向こうから来た黒猫というお話をしようと思います。
よろしくお願いします。
切っ掛けは、お手伝い
2011年、初夏 —
川向こうに住む高齢のボランティアさんが、河川敷のTNR中に
足を捻挫してしまい、続きが出来ないから手伝って欲しいとの連絡がありました。
その時のミッションは、避妊手術を終えた猫を預かりさん宅から元の場所に戻す
と言うものでした。そのボランティアさんは、病院で手術後、直ぐに元の場所に放つ事が
心配だったので、近所の一般家庭に二泊ほどさせてもらっていたのでした。
で、その預かりさん宅へ猫達を迎えに行きました。
すると、もうそんなに若くはない二匹のメス猫が居りました。
どちらも大人しく人慣れしていて、野良猫とは思えないタイプ…。
特に、黒くて小さい方の猫は、片目が悪い様で気になりましたが、
元の場所に戻すと言う依頼だったので、そのまま河川敷に行き任務を遂行しました。
現場には、朽ちかけた無人のホームレス小屋があり
雨風はしのげそうでしたが、衛生的とは言い難く、ドライフードの置き餌と
川で釣ったのか、焼いた?大きな魚が数匹、無造作にボトッと置かれていました。
ついでに周囲の状況を確認すると、まだ未手術の猫達が沢山いる様子。
餌やりさんに手術を依頼されたボランティアさんは、頼まれた猫達だけをする主義
でしたが、手伝ったボラさん達は周辺もやらないと意味が無いと言う考えだったので
リサーチしながら、引き続きTNRを続けることになりました。
自分で運命を決めた猫
という訳で、その年の夏中、川向こうの河川敷にせっせと通う事になりました。
途中までは、車で行けるものの限界があり、小径の折り畳み自転車を乗せての作業は
思いの外、キツく…(;´Д`) その後、腰がヤバイ事になりましたさー。
何度目かの活動時のリリースの際、猫を戻した後、使った小ケージを開けたまま
術後の猫達の様子やリサーチの為、周囲の見回りを少ししていました。
そして、そろそろ帰ろうかと戻ると…ケージの中に、あの黒猫がちょこんと
座っていました。えっ?どゆこと?自ら入って出ようともしない。(;^ω^)
って事は、あれだ。「私を連れて帰りなさい。」そう言われている様で
何故だか自然と、その足で病院へ向かう私がいました。
彼女は衰弱していて、極度の脱水と貧血・エイズキャリアでもありました。
元に戻すなら治療は出来ないと言われ、勿論保護するつもりだったので
しばらく入院させてもらう事になりました。点滴や投薬はして貰いましたが
お見舞いに行くと、あれこれ試しても、中々フードを食べてくれないと先生が困っていました。
退院後の事を考えて、皮下点滴の練習も一度だけさせてもらい、翌日には
保護用のケージを整えて迎えに行きました。
不思議な事に、家ではフードを食べ出したので、自宅点滴の必要は無くなり
定期的な検査と投薬の通院で済むことになりました。
フードを食べなかった原因は、病院の処方食が気に入らなかったのか?
緊張していたのか?よく考えたら、元の場所で食べていたのは安いフードだったので
つまりB級グルメ的な感覚だったのかなぁ。とりあえず安心しました。
超マイペース お婆ちゃん
家での生活にも少し慣れた事だし、持病があり高齢となると里親探しは無理なので
そろそろ、お名前を考えなくてはなと…黒い女子だから、クロコ・クロミ・うーん普通だなぁ。
で、ふとクロエと言うのが思い浮かんだので、それに決定しました。
後から考えたら、そんなブランド名があったかと、ちょっとおフランスっぽくてオシャレじゃない。
なんて自己満足に浸っていると、母が来て、「なんか、ちんちくりんな黒だねー。」失礼な!
そうなると、珍黒で中国っぽくなってしまうやーん。ん、でも、それはそれで似合うかも。いや却下。
ガリガリだった身体も、栄養のバランスが悪く褐色になっていた毛並みも
徐々に回復してはいったけれど、定期的な血液検査をして投薬の調整をする必要がありました。
左目は失明しており、少し突起していて目やにが出てくるので鬱陶しい様子でした。
とは言え、年齢的な事と持病の為、すぐに摘出手術を受けることは危険を伴います。
なので、体力を付けて検査の数値が安定してからという事になり、保護してから
半年後位に、やっと実施しました。口内も悪かったのですが、食べられてはいたので
結局、最後まで投薬で炎症を抑える形を取ることになりました。
クロエさんは、とにかくマイペースな子で同室の若人(男子4匹)とも仲良く
何も問題なく過ごしてくれました。ただあまり母性本能は無く、今までの乳母ちゃん達と
比べるとクールというか自分勝手な印象でした。甘えたい時だけ来るとかね。(;´∀`)
潔い最後と桜散る別れ
投薬を調整しつつ、それなりに楽しく穏やかに余生を暮らしていたクロエさん。
同室で、一番懐かれていたのはビビリ男子の恭平くんでした。
とにかく、いつもベッタリでマザコンならぬババコンでしょうか。
こちらが、証拠写真でーす。( *´艸`)
どんだけ甘々なんだよぅ~大きさが…。
翌年の秋に、捕獲機の中で産まれた仔猫達事件があり、年越しで
里子に出すまでの間、同じ部屋で世話をせざる得なくなってしまいました。
その時の記事は下記にあります。
その数ヶ月でストレスを与えてしまったのか、その後の検査で貧血の数値が
かなり悪くなってしまい…先生に怒られました。超反省 (._.)
でも、それから何とか回復し、一緒に春を迎えることが出来ました。
ただやはり高齢だった為、看取りが近づいている事を感じていました。
クロエさんは、最後までヨロヨロしながらも甘えまくり、痩せた顔を
スリスリ擦りつけてくるような仕草をしてました。
犬歯は健在だったので、これがとても痛いのだけど嬉しくもあり…。
そして、強制給仕も数日で、あっけなく潔く旅立ちました。
まるで、かぐや姫が月に還る如く、その抜け殻ヨロシクなーみたいに。
2年程の短い付き合いだったのに、何だかすごく長く感じられました。
供養してもらうペット霊堂に向かう途中、公園の桜がとても綺麗で
思わず、クロエさんの亡骸と一緒に、しばしお花見をした事を今でも覚えています。
はらはらと散り始めた桜の花びらが、穏やかに眠っている様な顔に降り注ぐ様は
まるで「お疲れ様」と労ってくれている様でした。
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