昔の猫は自由だね。

日常

こんにちは!猫大好きnoramieです。
今日は、本当にあった昔の猫話をしようと思います。

この子達を認知してください。

tora

昔々、ある所に一匹のトラ猫がおりました。
名をトラタと申します。下町の工場で産まれ
そこに出前に来た蕎麦屋のおじさんに引き取られました。

そう、このおじさんこそが我が父です。
幼かった私達姉妹は、出前から帰った
父の白衣の胸元から、ひょっこり顔を出した
仔猫に歓喜しました。猫好きはDNAの仕業です。

大昔の事ですから、出入り自由で適当な飼い方を
していたので、成猫になったトラタは、気ままに
外出し、帰りたくなったら裏の木戸を引っ掻いて
中に入れろと合図する賢い猫でした。

商売で忙しい家だったので、土曜のお昼は決まって
子供だけで近くのお店に買い物に行く習慣がありました。
お店のおばさんは、丸々とした大柄の方で
いつもニコニコ温和な優しいおばちゃんでした。

陽の当たるレジの横には、おばさんの飼い猫で
ジュンコという黒猫が、いつも鎮座しており
看板猫の様な存在で、買い物に行くと必ず
撫でて帰るのが、お決まりの挨拶となっていました。

ところが、ある日を境に、あまり姿を見かけなくなったので
「おばさん、最近ジュンコいないけど、どうしたの?」
と恐る恐る聞いてみると、おばさんは少しイタズラな
笑みを浮かべ、いい物を見せてあげるから
ちょっとおいでと、隣の住まいに私達を招き入れました。

そこには、横たわったジュンコとそのお乳を吸う
二匹の小さな赤ちゃん猫がおりました。
一匹はジュンコそっくりな黒猫、もう一匹は茶トラ…
最近、トラちゃんがよく遊びに来てたのよねぇ~と
おばさん。はっ!もしや仔猫の父は、家のトラタ!?

確かに、この茶トラの仔猫、疑いようもない程
トラタに似ている…私は子供ながらに思いました。
こ、これは責任を取らなければいけないのか?と。
認知と言う言葉知りませんでしたが、仔猫可愛い~
と無邪気に喜べなかった記憶がございます。

(注)画像は、本編とは無関係な猫ちゃんです。

甲斐性の良い猫

chao

月日は経ち、ちょうど店舗を改装している時の事です。
突然、薄茶色のアメショーmixの人懐こいオス猫が
やってくる様になりました。最初から市販の
ノミ取り首輪を付けていたし、異常に人慣れして
いたので、飼い猫の放し飼いかな?くらいの感覚で
接していました。家ではチャオ(茶男)と呼んでました。

ある日、首輪に結び文を付けて来て、それは、どうやら
子供の書いた手紙の様でした。あまり意味の解らない内容で
飼い主という訳でもなさそうでしたが、一応、母が返事を
書いていたっけなー伝書鳩ならぬ伝書猫みたい。
そういえば、その頃、自転車の前籠に茶トラの猫を乗せた
小学生くらいの女の子を見て驚いた事があり
まさか、あれはチャオだったのではないだろうか。

人にも猫にも好かれる性質の様で、よく仲間の猫を
連れて来ました。その中でも白黒のパンダと言う子は
チャオにベタ惚れだと一目で判るほどのラブラブオーラを
発していました。パンダが本妻だと仮定すると、少なくとも
彼には、他にも愛人1号の黒猫、愛人2号のキジトラが居る
ことを私は知っていました。甲斐性が良いにも程があるぞ。

ある時、部屋の扉を開けると廊下に大きなネズミの死骸がっ!
ひぃぃぃぃーーとビビる私を、まったりと寛ぎながら
見上げているチャオの姿がありました。
いつもウチのが世話になっているからねぇ~とでも
言わんばかりの様子で。つまり、お中(チュウ)元ね。
義理堅い事ですが、ちょいと迷惑な事件でした。

野良猫の避妊去勢手術の概念が無く、捕獲器なんて
知らなかった時代だったので、この後、パンダの出産で
我が家は大変な事(地獄を見ること)になるのですが…。
長くなるので、それは、また別の機会にお話ししましょう。

現在は、犬も猫も完全室内飼育が当たり前の世の中です。
昔の猫は自由で良かったなぁ~という懐古的な話ではなく
どちらが良いとか幸せなのかという話でもありません。
かつては、世間も寛容で、外猫の事で目くじらを立てる人は
少なかった気がします。

時代が変わって、私達を取り巻く環境もハイスピードで
変化し色々と順応していかなければついて行けません。
そんな中で、のんびりしている猫達に癒されている
私達って一体何なのかしらと、ふと思ってしまいます。

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